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浦和地方裁判所 昭和44年(ワ)604号 判決

原告

吉田国子

被告

株式会社坂木工業

主文

一、被告は、原告に対し、金二、二九九、五三三円及び内金二、〇九九、五三三円に対する昭和四四年九月九日から、内金二〇〇、〇〇〇円に対する昭和四五年一〇月二七日から、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四、この判決は、原告において金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨及びこれに対する答弁

(原告)

「被告は、原告に対し、金八、一五二、一九九円及びこれに対する昭和四四年九月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求める。

(被告)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二、請求原因

一、(事故の発生)

原告は、昭和四三年一月九日午後六時三五分頃、その所有にかかる自動二輪車(以下原告車という)を運転して埼玉県道を浦和市方面から赤羽方面に向け進行し、川口市芝中田二丁目三三番地大協石油川口産業道路給油所前にさしかかつた際、折から同一方向に進行中の訴外池上源男(以下池上という)運転の被告所有にかかる大型貨物自動車(埼一せ八三五九号)(以下被告車という)に衝突され、原告は左下肢瘢痕拘縮兼踵部潰瘍の傷害を受け、原告車は大破した。

二、(被告の責任)

被告は、被告車の保有者であるから、自動車損害賠償保障法第三条により本件事故によつて原告が蒙つた後記損害を賠償する責任がある。

三、(損害)

(一)  慰藉料

(1) 入院期間(二七一日間)中の慰藉料として一ケ月につき金一〇〇、〇〇〇円と計算して金九〇〇、〇〇〇円を相当とする。

(2) 通院期間中の慰藉料は、事故発生以後昭和四四年七月三一日までの日数から入院実日数二七一日を差引き、通院日数三〇〇日を一ケ月につき金三〇、〇〇〇円と計算して金三〇〇、〇〇〇円を相当とする。

(3) 後遺症に対する慰藉料

(イ) 原告は昭和四〇年三月国学院大学文学部史学科を卒業し、同年四月一日から川口市立芝小学校に教師として就職し、その後二年九ケ月を経て勤務にも自信を持ち、年令も二六才になり、そろそろ結婚をと考えていた際に右事故に遭遇した。

(ロ) 原告は、びつこになり、正座もできず、蹠部を使うと足が痛むため靴も履けないという状態の後遺症が残り、これは全治不可能との診断を受けている。また両下肢には数度の手術のため著しい醜形を残し、これまた治療不可能との診断を受けている。未婚の女性である原告にとつて右のような後遺症は大変な苦痛であり、結婚を考える際にも非常に大きなハンデイキャップがつき、絶望的な気持を持つに至つている。

(ハ) 原告は、昭和四四年四月一日から川口市芝小学校に復職し、一年生を担当しているが、右の後遺症のため思うような教育活動ができず、日々大変な苦痛を味わされている。例えば毎朝の朝礼後生徒をリズムに合わせ教室へ誘導する際びつこであるために、先生である原告がリズムに合わせることができず、毎朝同僚の教師に代つてもらわねばならず、また体操の時間に徒競走をさせたりすると、多くの生徒が先生を真似てびつこをひくという有様で、このような状態が今後何年も続くことを考えると、その精神的苦痛は、はかり知れないものがある。

(ニ) 原告は、両下肢に著しい醜形が残つたため(移植手術のためケロイド状になつている)、公衆沿場等には入れず、また海水沿等のレクリエーションからも一切の縁のないものとなつてしまつた。

(ホ) 以上のような原告の精神的苦痛に対する慰藉料としては金五、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(二)  逸失利益

(1) 休職による給料減額分

原告は入院休職のため昭和四三年五月から昭和四四年三月末日までに総額金一八〇、九七七円の給料を減額された。

(2) 昇給遅れによる今後の給料損害

原告の本件事故当時の次回昇給時期は昭和四三年一〇月一日であつたが、本件事故により休職となつたため右時期には昇給せず、次期昇給予定日である昭和四四年一〇月一日に昇給したとしても月額金一、五七五円の損失となり、これに一六ケ月分(ボーナスを年間四ケ月分として計算)を乗ずると最低でも(昇給巾は年を経るごとに大きくなるが、これを見込まないという意味)年間金一五、二〇〇円の割合による収入を失うことになる。ところで原告は満六〇才まで小学校教師の職に就いているものとすると、今後三四年間は勤務することになるので、右年間の喪失収入にホフマン式計算による単利年金現価の倍率一九・五五三八を乗ずると、金四九二、七五五円が原告の現在における昇給遅れによる損害ということになる。

(三)  看護費用

原告は、本件事故発生と同時に入院し、前記のとおり二七一日間入院治療を受けたが、その間数度にわたる手術をうけたため、右全入院期間中付添看護を必要とし、原告の母親が毎日通院してこれにあたつた。これを他の人に依頼するとすれば一日につき約金一、六〇〇円の支払を要するところであるが(派出婦会の基準料金)、近親者である母親が看護にあたつた点を考慮し、二割を減じても一日につき金一、二八〇円として二七一日間合計金三四六、八八〇円が原告の看護料として支払われるべきである。

(四)  雑費

(1) 看護人(原告の母親)の交通費として、益子病院分金一三、〇二〇円(バス代九、四二〇円、タクシー代金三、六〇〇円)警察病院分金二八、六八〇円(本院分一回につき往復金二四〇円、分院分一回につき往復金四五〇円)

(2) 原告本人の通院費 金四、四〇〇円

(3) 牛乳購入費 金七、七五六円

(4) 衣料費 金二五、〇〇〇円

(5) 牛乳以外の栄養補給費 金二〇、〇〇〇円

(6) 診断書料 金五、〇〇〇円

(7) 薬代(ベトネベート・クリーム) 金七、七〇〇円

(8) その他 金五、〇〇〇円

(五)  自動二輪車代 金六〇、〇〇〇円

(六)  弁護士費用

原告は昭和四四年六月二五日第一東京弁護士会所属弁護士菅原信夫に事件を依頼し、同弁護士は同年七月二九日内容証明郵便で報告に対し損害金の支払を求め、右書面は七月三一日頃被告に到達したが、被告から回答がなかつたので、原告は昭和四四年八月二〇日同弁護士に訴訟提起を委任し、同日着手金として金五〇、〇〇〇円を支払い、成功報酬として第一東京弁護士会の規定により目的価額の一割の金七〇五、〇二九円を判決言渡の日に支払うことを約した。

四、(結論)

よつて原告は、被告に対し、三(一)(二)(三)(四)(五)(六)の合計金八、一五二、一九九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四四年九月九日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する被告の認否

一、第一項中原告主張の日時、場所において両車の事故があつたことは認めるが、その態様については争う。

二、第二項中被告車が被告会社の所有であることは認めるが、その他は争う。

三、第三項中

(一)  後遺症の慰藉料金五〇〇万円の額は従来の適正価額を無視した無暴な請求である。自動車強制保険の後遺症保障金額は原告主張の後遺症等級第七級で最高金一二五万円であり、これは後遺症保障全体の最高価額であつて、この中には慰藉料、逸失利益等後遺症に関する保障すべてを含むものである。更に第七級一二号の該当要件は「女子の外形に著しい醜状を残すもの」であつて、第一四級四号の「下肢の露出面に手のひらの大きさの醜いあとを残すもの」とあること、その他の自動車損害賠償保障法に定める後遺症障害等級全体のバランスから解釈すれば、右「女子の外形」とは主として「顔」を指しているものと解釈すべきである。したがつて原告主張の後遺症等級認定第七級一二号は不当である。

(二)  看護費用につき、乙第二号証によつて明らかなように、被告会社は原告の必要なる範囲において職業としている看護者、付添者をつけたのであるからそれ以上の看護は不要というべく、単なる「親子」ということからの看護には損害請求の理由はない。

(三)  雑費につき、看護人の交通費は乗護自体前記のとおり不要であるから交通費の請求も理由がなく、牛乳、その他栄養補給費・衣料費などは何故必要なのか不明である。

(四)  弁護士費用につき、本件は原告の過失割合が相当大きいこと、後遺症の慰藉料として金五、〇〇〇、〇〇〇円という無暴な請求であること、その他損害の立証をすべく書類等の提出がないこと等問題点が多いから、単に内容証明によつて催告して直ぐ訴訟を起し弁護士費用を請求することは適当ではない。請求自体理由がない。

第四、被告の抗弁

一、過失相殺

被告車は衝突地点より約四〇メートル後方から左折の方向指示器を出しているのに原告はこれを看過し、速度も制限を超過して時速四五キロメートルであり、しかして被告車は大協石油川口産業道路給油所に入るため減速しつつ道路左端に寄つたにもかかわらず、原告はこれを看過したか或いは左側を追い抜こうとし、しかもそれが可能であると見込んで運転し、更に原告は前照灯を点灯しなかつたので被告車は原告車を確認できなかつた。以上のとおり本件事故の過失責任の大半は原告において負担すべきであり、したがつて損害賠償額の算定につき斟酌されねばならない。

二、過失相殺を適用して被告の過払分を原告の損害賠償請求額から控除すべきである。

被告において支払済の次の治療費、看護費用をも含めた全損害額について過失割合を決定し、被告の負担すべきものから右費用を控除すべきである。

(一)  治療費

(1) 益子病院 金八一五、五〇八円(甲第三号証)

(2) 東京警察病院 金四〇三、九六三円(甲第四号証)

右金員のうち、金二六九、三七一円については社会保険に請求したものであるが、いずれ被告に求償される金員であるから当然被告の負担部分として考えるべきである。

(二)  看護費用 金一九二、八七五円

但し昭和四三年二月一日から同年五月二九日まで(乙第二号証の一ないし一二)

第五、被告の抗弁に対する原告の認否

一、過失相殺について

(一)  原告車と被告車とは並行して走行していたものであるから、原告車が時速四五キロメートルなら被告車も四五キロメートルであるべきであり、衝突地点附近の道路は実際には五〇ないし六〇キロメートルで走行する車が相当多い。

(二)  原告車と被告車とは並行して走行していたものであるから、被告車が相当手前から左折の方向指示器を出していたとしても、原告はこれを知ることはできなかつた。原告が被告車が左折することに気がついていないのであるから、そのような見込を持つ筈がない。かえつて運転手訴外池上源男は自己の運転する車両が大型貨物自動車であつてしかもブルドーザーを積んでいたのであるから、他の車と衝突した場合、自己の車に異状がなくとも相手の車が大破することは確実であるから、このような場合、前後左右を充分確認し、左側に車が並行しておればこれをやり過ごして左折すべきで、方向指示器を出したとしても、これだけで漫然在折しようとした同運転手の過失は大である。

(三)  原告が仮に前照灯をつけていなかつたとしても、日没直後でまだ明るかつたのであるから、このことが原告の過失の理由とはならない。

(四)  以上のとおり本件事故は池上源男の殆んど一方的な過失によつて発生したもので、過失相殺の主張は理由がない。

二、過失相殺を適用して過払分を請求額から控除せよとの主張について

(一)  治療費に関する主張中、(2)の東京警察病院に対する支払金額を金四〇三、九六三円としているが、被告が現実に負担した金額は金一三四、五九二円である(甲第四号証)。

原告は治療費については請求していないのであるから、仮に若干の過失があるとしても、その対象とされるべき金額は右金一三四、五九二円であつて社会保険から被告に求償される金員は本訴において問題とすることはできない。

(二)  看護費用として被告が金一九二、八七五円を支払つたことは認める。

第六、証拠〔略〕

理由

第一、(事故の発生)

原告主張の日時、場所において原告車と被告車とが衝突した事故が発生したことについては当事者間に争いがなく、しかして〔証拠略〕を総合すると、右事故により原告は左肢瘢痕拘縮兼踵部潰瘍の傷害を受け、事故発生と同時に川口市の益子病院に入院し、同年六月一四日同院を退院、同月二四日東京都千代田区の東京警察病院に転入院、同年七月一二日同院を仮退院、同年八月二七日右警察病院に再入院、同年一〇月一五日同院多摩分院に転院、同年一一月一六日同分院を退院、昭和四四年一月二三日右東京警察病院に再々入院、同年二月四日同院を退院したこと、また右事故により原告車は大破したこと、原告は右治療期間中に五回にわたり外科手術をうけたが、結局右傷害は完治せず、正座不能、跛行(不完全歩行)、左踵をついては歩けず、左第一趾の屈曲連動不能、左第五趾側の蹠部を使うと数分で痛み、靴が履けず、また両下肢に著しい醜形をのこすという後遺症を残したことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

第二、(被告の責任)

被告車が被告の所有であることは当事者間に争いなく、〔証拠略〕によると被告の運転手兼現場監督である訴外池上が被告の事実の執行のため被告車にブルトーザーを積載してこれを運転中本件事故が発生したことが認められるから、被告は被告車の保有者として自動車損害賠償保障法第三条により本件事故によつて原告が蒙つた後記損害を賠償する責任がある。

第三、(被告の過失相殺の抗弁)

〔証拠略〕を総合すると、原告主張の日時場所において、訴外池上は浦和市方面から赤羽方面に向け時速約四〇キロメートルで被告車を運転し大協石油川口産業道路給油所に入るため時速約一〇キロメートルに減速したのみで、左後方から接近して来る車両の有無を確認することなくしたがつて左後方から同一方向に進行して来た原告車に気付かず右給油所のみに気をとられ漫然左折を開始したこと、他方原告車は制限速度時速四〇キロメートルを超え時速約四五キロメートルで被告車の左後方に並進し被告車が事故地点より後方四〇メートル付近から左折の方向指示器を出しているのに気付かず被告車の動静に注意せず被告車が減速しつつ左側に寄つてくるのに気付かず被告車が直進するものと確信して漫然同一速度のまま進行し、右給油所入口手前約二〇メートル付近で初めて被告車との接触の危険を感じ直ちにハンドルを左に切るとともにブレーキをかけたが間に合わず乾燥した舗装路に一五メートルのスリップ痕を残したうえ被告車の左後車輪に衝突してその場に転倒したこと、が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。自動車運転者は左折するにあたつては左後方から接近して来る車両の有無に注意し左折し終る前に接触する危険のある車両が接近して来る場合にはこれが通過し終るまで待つ等その安全を確認したうえ左折すべきであるにも拘わらず、訴外池上は前認定の如く左後方の確認を充分になさずして左折し本件事故が発生したものであるから、この点に訴外池上の過失があるというべきである。他方自動二輪車の運転者は制限速度を超過しないようにするのは勿論右前方に並進する車両あるときは絶えずその動静に注視し何時にても接触等の事故発生を未然に防止しうるような安全な速度と方法で運転すべきであるにも拘わらず、原告は前認定の如く被告車の動静に対する注視を怠り左折の方向指示器に気付かず被告車が左折しないものと軽信して漫然制限速度を超過した同一速度のまま運転を継続した結果本件事故が発生したものであるから、この点に原告の過失があるというべきである。原告の過失と訴外池上の過失とを比較すると、双方の過失の度合は大体原告六に対し訴外池上四の割合であると認めるのが相当である。

第四、(損害)

一、慰藉料

(一)  入院期間中の慰藉料

前認定の入院期間二七一日間の慰藉科の額は、一ケ月につき金一〇〇、〇〇〇円と考え更に前認定の原告の過失の度合を斟酌して、金三六〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(二)  通院期間中の慰藉料

前認定事実及び原告本人尋問の結果によると本件事故発生の昭和四三年一月九日から入退院通院を繰返したうえ東京警察病院退院の昭和四四年二月四日以後は治る見込がないため通院もしなくなつたこと、入院期間二七一日したがつて通院期間一二一日であることが認められ、右通院期間一二一日間の慰藉料の額は、一ケ月につき金三〇、〇〇〇円と考え更に前認定の原告の過失の度合を斟酌して、金四八、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(三)  後遺症に対する慰藉料

〔証拠略〕によると原告が前記治療期間中に五回にわたる外科手術をうけたが、結局下肢瘢痕拘縮兼踵部潰瘍は完治せず、正座不能、跛行(不完全歩行)、左踵をついては歩けず、左第一趾の屈曲運動不能、左第五趾側の蹠部を使うと数分で痛んでくるし、靴が履けず、また両下肢に著しい醜形をのこすという後遺症を残したこと、昭和四九年三月二〇日東京警察病院医師若井淳は右の後遺症の程度を自動車損害賠償保障法に定める後遺症障害等級第七級十二号に相当すると診断したこと、原告は昭和四四年四月一日から川口市芝小学校に復職し一年生を担当しているが前記後遺症のため思うような教育活動ができず、毎朝の朝礼後児童をリズムに合わせて教室へ誘導する際びつこであるため先生である原告がリズムに合わせることができず、毎朝同僚の先生に代つてもらわねばならず、遠足には困り、体育の時間に膝の屈伸運動ができないで困り、児童に徒競走をさせると先生を真似てびつこをひく児童がおる有様であり原告はこれらに悩んでいること、原告は昭和四〇年三月国学院大学文学部史学科を卒業し同年四月一日から前記小学校に助教諭として就職しその後二年九ケ月を経て年令二六才になりそろそろ結婚をと考えていたやさきに本件事故に遭い、両下肢に著しい醜形を残し(移植手術のためケロイド状になつており)、そのため原告は結婚はできないという絶望的な気持を持つに至つていることが認められ、原告は右後遺症によつて多大の情神的苦痛を受け続けていることが推認される。右事実と前認定の原告の過失の度合その他本件全証拠によつて認められる諸般の事情を斟酌すれば、原告が受けるべき後遺症の慰藉料の額は、金二、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

二、逸失利益

(一)  休職による給料減額分

〔証拠略〕によると、原告は本件事故による入院治療のため昭和四三年五月一日から昭和四四年三月三一日まで前記小学校を休職し、そのため総額金一八〇、九七七円の給料を減額されたことが認められるが、前認定の原告の過失の度合を斟酌すると、原告がその休職による給料減額分として被告に請求しうる額は、金七二、三九〇円をもつて相当と認める。

(二)  昇給遅れによる今後の給料損害

〔証拠略〕によると原告の本件事故当時の次回昇給時期は昭和四三年一〇月一日であつたが、本件事故により休職となつたため右時期には昇給せず、次期昇給予定日である昭和四四年一〇月一日に昇給しても月額金一、五七五円の損失となることが認められるから、これに一六ケ月分(地方公務員のボーナスが年間四ケ月分であることは公知の事実)を乗ずると原告は最低年間金二五二、〇〇〇円の割合による収入を喪うことになる。ところで原告は満六〇才まで小学校教諭の職に就いているものとすると、その後三四年間は稼動することになるので、右年間の喪失収入額を基礎としてホフマン式計算による単利年金現価の倍率一九・五五三八を乗ずると、金四九二、七五五円となるが、前認定の原告の過失の度合を斟酌すると、原告が昇給遅れによる今後の給料損害として被告に請求しうる額は、金一九七、一〇二円をもつて相当と認める。

三、看護費用

〔証拠略〕によると、原告は本件事故発生と同時に入院し、二七一日間入院治療を受けたが、その間五回にわたる手術をうけたため、右全入院期間中付添看護を必要とし、原告の母親が毎日通院してこれにあたつたほか、家政婦磯貝きよしが昭和四三年二月一日から同年五月二九日まで一一九日間看護をし、被告が右看護費用として合計金一九二、八七五円を右磯貝に支払つたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。しかし看護人二名を必要とすることを認めるに足りる証拠はないから、右磯貝家政婦に支払つた一一九日間の看護費用と全入院期間二七一日から一一九日を差引いた一五二日間の原告の母による看護費用のみを認めるべきである。ところで当時の派出婦会の基準料金が一日につき約金一、六〇〇円であることは公知の事実であるから、近親者である母親が看護にあたつた点を考慮し、二割を減じて一日につき金一、二八〇円として一五二日間合計金一九四、五六〇円が原告の母による看護費用となるが、前認定の原告の過失の度合を斟酌すると原告が看護費用として被告に請求しうる額は、金七七、八二四円をもつて相当と認める。

四、雑費

〔証拠略〕を総合すると、原告は本件事故により通院費金四、四〇〇円、牛乳購入費金七、七五六円、衣料費金二五、〇〇〇円、牛乳以外の栄養補給費金二〇、〇〇〇円、診断書料金五、〇〇〇円、薬代(ベトネベート・クリーム)金七、七〇〇円その他金五、〇〇〇円合計金七四、八五六円を支出したことが認められるが、これらはいずれも本件事故と因果関係にある損害ということができる。ところで前認定の原告の過失の度合を斟酌すると、原告が雑費として被告に請求しうる額は、金二九、九四二円をもつて相当と認める。

なお、原告は看護人(原告の母親)の交通費として益子病院分金一三、〇二〇円、警察病院分金二八、六八〇円を請求しているが、これを認めるに足りる証拠がない。

五、弁護士費用

〔証拠略〕によると、原告は昭和四四年六月二五日第一東京弁護士会所属弁護士菅原信夫に事件を依頼し、同弁護士は同年七月二九日内容証明郵便で被告に対し損害金の支払を求め、右書面は翌々七月三一日頃被告に到達したが、被告から回答がなかつたので、原告は同年八月二〇日同弁護士に訴訟提起を委任し、同日着手金として金五〇、〇〇〇円を支払い、成功報酬として第一東京弁護士会の規定により目的価格の一割の金七〇五、〇二九円を判決言渡の日に支払うことを約したことが認められる。不法行為の被害者が賠償義務の履行を受けられない場合権利を実現するには訴を提起することを要し、そのためには弁護士に訴訟委任するのが通常の事例であるから、本件において原告が損害金の支払を請求したのにこれに対し被告が回答さえしなかつた以上、弁護士に訴訟提起を委任し被告の責任を追及することはやむを得ないところであり、しかして本件事故のような不法行為による損害賠償請求訴訟をなす場合に要した弁護士費用のうち権利の伸張防禦に必要な相当額は当該不法行為によつて生じた損害と解するのが相当であるが、その額は事案の難易、認容すべきとされた損害額その他諸般の事情を斟酌して決定すべきであつて、委任者が負担を約した弁護士費用金額が損害となるものではない。これを本件についてみれば、金二〇〇、〇〇〇円が被告をして原告に対し賠償させるべき弁護士費用と認めるのが相当である。

六、自動二輪車代

原告は自動車の保有者である被告に対し自動車損害賠償保障法第三条に基く損害賠償請求をしているが、同法同条は自動車の運行によつて他人の生命又は身体を害したときこれによつて生じた損害(人損)を賠償させることを認めた規定であつて、自動車の運行によつて生じた物的損害(物損)を賠償させることを認めた規定ではないところ、自動二輪車代の請求は物的損害賠償の請求であるから、原告の被告に対する同法同条に基く自動二輪車代の請求は理由がないものといわねばならない。

第五、(過失相殺を適用して被告の過払分を原告の損害賠償請求額から控除すべきであるとの被告の主張について)

一、治療費

〔証拠略〕によると、被告は原告の治療費として

(一)  益子病院に金八一五、五〇八円を、(二) 東京警察病院に金一三四、五九二円をそれぞれ支払つたことが認められる。被告は東京警察病院に金四〇三、九六三円を支払つたことになると主張し、その理由として右金員のうち金二六九、三七一円については社会保険に請求したものであるが、いずれも被告に求償される金員であるから当然被告の負担部分として考えるべきであると主張するが、原告がいまだ右保険金を受領していない以上、被告の右主張は理由がない。しかして前認定の原告の過失の度合を斟酌すると、原告が治療費として被告に請求しうる額は、金三八〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。したがつて被告が原告の治療費として既に支払つた(一)(二)の合計金九五〇、〇〇〇円から右金三八〇、〇〇〇円を控除した金五七〇、〇〇〇円は過払となるから、原告の損害賠償請求額からこれを控除すべきである。

二、看護費用

既に第四(損害)、三(看護費用)において認定したとおり、被告が看護費用として原告のために負担すべきものは、昭和四三年二月一日から同年五月二九日まで一一九日間の家政婦磯貝きよしによる看護費用と原告の入院期間二七一日から一一九日を差引いた一五二日間の原告の母による看護費用であるところ、原告の毎による看護費用として金七七、八二四円を既に認容したところであるからこれはさておき、前認定の原告の過失の度合を斟酌すると、原告が右一一九日間の看護費用として被告に請求しうる額は、被告が家政婦磯貝きよしに支払つた金一九二、八七五円のうち金七七、一五〇円をもつて相当と認める。したがつて右の差額金一一五、七二五円は被告としては過払となるから、原告の損害賠償請求額からこれを控除すべきである。

第六、(結論)

よつて原告の本訴請求は、被告に対し、第四、一、(一)(二)(三)、二(一)(二)、三、四、五の合計金二、九八五、二五八円から第五、一、二の合計金六八五、七二五円を控除した金二、二九九、五三三円及び内金二、〇九九、五三三円に対する本件訴状送達の日の翌日であること本件記録に徴し明らかな昭和四四年九月九日から、内金二〇〇、〇〇〇円に対する昭和四五年一〇月二七日から各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松澤二郎)

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